カテゴリー:コラム  2015/11/02

住田裕子 すみたひろこ 31期
第一東京弁護士会所属

1、法律の「母」から法律の「ばあば」になりました。

 さるテレビ番組の私の紹介コピーは、「法律の母」でしたが、今年64歳、来年はいよいよ高齢者となります。

 孫も生まれ、名実ともに「バアバ」です。実母・義母ともに80代。クライアントも高齢者が増え、高齢者問題は公私ともに切実な問題となっています。

 そこで、還暦を迎えた年に、認知症専門医とフィナンシャルプランナーとご一緒にNPO法人長寿安心会を立ち上げ、研究と実践を続けています。今や、私のライフワークなのです。その一端を少しお話いたしましょう。

 弁護士にとっても多くの分野で必要とされている時代となりましたから。

2、超高齢社会の到来とは?

  我が国は、先進国でも最速で超高齢社会に突入しています。特に、ぶ厚い年齢層の団塊の世代が高齢者の仲間入りして、社会保障その他の制度に多くのインパクトを与え続けています。

◎とにかく、平気寿命が延びています

 終戦後の昭和20年の平均寿命は、男性50,57歳、女性53,96歳でした。それが、昭和60年には男性65,32歳、女性70,19歳に、今や男性80,50歳、女性86,83歳と、大きく伸びています。今後もいっそうの伸びが予想されます。「人生50年」から、90年時代に突入しそうです。

 ところで、平均寿命と、最も多く死亡する年齢とは違います。死亡最頻値は、男性85歳、女性はなんと90歳と91歳なのです。これらも年々上がっています。

 老後は、余生は、ほんとに長い!

◎高齢者人口が増加するだけでなく、その進み具合も大きいのです

 高齢者人口は、昭和25年は5%未満でしたが、昭和45年7%に、平成6年は、14%に。 平成24年は、25.1%となり、20年先の平成47年は33.4%になる見込みです。

 今、4人に1人が高齢者ですが、この先、3人に1人が高齢者となるのです。高齢者、とりわけおばあさんの社会になるのです、否応なく。

 一方、少子化で若者や労働者人口が減り、戦後しばらくは若者の20人で1人の高齢者を支えていましたが、そのような時代は遙か昔。今後、若者3人で1人を支えなければならず、社会保障の問題が日本の重圧になりつつあります。

◎それにもまして高齢者のいる世帯も増えました。

 高齢者のいる世帯は、半分近くの43.4%ですが、そのうち「単独」・「夫婦のみ」世帯が過半数となっています。

 家族・世帯というと、漫画サザエさん一家を思い浮かべます。昭和55年は、全体の半分がサザエさん一家のような3世代世帯でした。

 ところが、今や夫婦のみの世帯が一番多く約3割にのぼり、単独世帯と合わせると半数を超えるのです。

 孤独な高齢者単身世帯。孤立死がさびしいものとならないようにするには、どうすればよいのでしょうか。

 また、高齢者だけの夫婦の世帯となると、老老介護から、認知症となった夫婦同士の認認介護の問題も深刻になりそうですが、その対応策は?

◎高齢社会で期待される社会での仕組みづくり

 高齢社会では、介護・医療は切実なテーマですが、介護施設・医療施設の増加が高齢者人口の増加に追いつかない以上、家庭での介護、そして看取りの最期までを考えておかなくてはなりません。

 そうでなくても、自分らしくあるために、住み慣れた地域と温かい人間関係の中で最期まで過ごすことを望む場合、その望みがかなうような社会の仕組み作りが必要です。これからの大きな課題でしょう。

 その一つの解が、地域でのネットワーク作り。身近な人たちとの相互扶助、共助、互助、見守り。

 そして、行政を地域に巻き込んでの地域包括ケアのシステムです。

 家庭にいても必要で適切かつ温かな介護・医療サービスが受けられるシステム。後顧の憂いなく、専門家によるワンストップサービスが受けられるように、などの要請がますます高まっていくと思います。

 その中で後見制度や代理人制度、財産信託制度、遺言・相続問題など、法律専門家が必要とされることも増加するはずです。

3、互助・共助も大事だが、まずは自助!

◎健康寿命を伸ばすこと

 自助のポイントは、介護の必要な時期を短縮すること、健康寿命を伸ばすこと!です。

 平均寿命が伸びていること自体は、けっこうなことなのですが、もっと、重要なことは健康寿命が長く、平均寿命との間が短いことなのです!

 自立した生活を送れる健康寿命は、現在、男性71,19歳 女性74,21歳です。これでも世界1位なのですが、平均寿命との差をみると男性は約9年、女性はなんと約13年と長―い期間があります。

 その期間は、自立できず、誰か他の人の手・介護が必要な年月なのです。

 健康寿命を損なう病気・原因とは? 男女に共通するのは、認知症や高齢による衰弱ですが、それぞれに特有の原因があります。まず、男性については脳卒中・脳梗塞などの血管病です。

 女性は骨粗鬆症が原因とみられる骨折で、その後の寝たきりと認知症への移行が問題でしょう。

◎阻害要因としての認知症

 認知症は、脳にアミロイドβというタンパク質由来のゴミがついて脳細胞が破壊されることが発症原因といわれており、現段階では、根治する薬物はなく、進行を遅くする薬物があるだけです。根治薬は、いずれ発明されると期待されますが。

 その症状ですが、中核症状と周辺症状があります。中核症状の代表の認知症の物忘れは、今朝ご飯の献立は何だったかを忘れるのではなく、ご飯を食べたことというエピソード自体を忘れる物忘れです。

 今何時、どこにいる、と見当がつかないことも一つの症状です。加齢による物忘れとは違います。

 ところで、認知症というと、暴言・徘徊がつきものという印象がありますが、実は、それぞれに背景や原因のあることが多いのです。

 例えば、今、別の場所にいるから自宅に帰るつもりの徘徊、夕方そわそわするのは以前の習慣の子どものお迎えや夕食の支度のため、などなど。

 また、暴言や暴力もいらいらがこうじてのことが多く、たとえば、入れ歯が合っておらずにかんに障るからとか、がんが発症していて違和感がある、などからのこともあるのです。

 幼い子どもが感情を上手に表せないゆえにむずがるのと類似するところがあるかもしれません。

 原因を探っていけば、判明することもあり、むやみにおそれることはないのかもしれません。

◎認知症の人の人権の重要性

認知症になっても、人間としての核心部分・コアの部分は変わりません。

 古い記憶を司る脳の部分は正常に残ることが多く、詳細に記憶されていることに驚くことがあるでしょう。

 人としての尊厳も当然ながら、失われていません。そうすると、認知症の人だからといって、軽んじたり、馬鹿にしたりすると、認知症の人は、なお、心を閉ざしてしまい、人との交流をおそれてしまい、引きこもり反応が高じて、更に認知症が進行することも想定されます。

 温かで穏やかな会話が認知症の人にとっても大切なことなのです。

 ですから、認知症だからといって選挙権などの権利を剥奪することには慎重であるべきでしょう。

 今回、見直されましたが。認知症になってもその人の特質・個性・力を見抜く目を持ち続け、その人の尊厳や意思を可能な限り尊重し守ることのできる社会になることが、ますます求められています。

 一方、介護する方々はお疲れと思いますが、このような特性を忘れずに。

 そうは言ってもついつい、苛立ったり怒りたくなったりすることも人間ですからあり得るでしょう。

 このような介護をする方の筆舌に尽くしがたい心身の疲れについても理解し、癒やしの場も考えていくことが重要でしょう。

 今回、「介護離職0・ゼロ」の目標が内閣の新3本の矢の一つに掲げられました。確かに必要な施策でしょう。

 しかし、これにとどまらず、介護の重要性と大変さをきちんと評価し、これに報いる社会とすることが大切だと思います。

◎認知症の予防策

 認知症は、誰でもがなり得ます。 軽度の予備軍を入れると4人に1人の割合でなるといわれています。

 この認知症は、遺伝よりも、生活習慣の素因が強いといわれています。特に、糖尿病や喫煙習慣の影響が大きいとか。

 そうすると、予防法は 生活習慣病対策です。運動と食生活ですね。特に、脳に異物のゴミがくっつかないように、全身の血流を盛んにする運動は重要です。とりわけ、スクワットなどの筋肉運動が効果的とだとか。

 介護予防でも筋トレが、採り入れられていますね。実は、私は暇があればジム通いをしているんです!

◎最後に

  弁護士会の今年のテーマの一つも、高齢社会における高齢者の人権。後見制度、信託制度、そして遺言・相続など、弁護士の関与する専門分野とその範囲は広く、期待がよせられているところです。

 会の歩みとともに私自身も研究・実践を、進めて参ります。


カテゴリー:コラム  2015/10/07

第一東京弁護士会60期
弁護士 山本 真里江

 最近、今年の直木賞受賞作品「流」を読みました。

 小説を読んだのは本当に久しぶりだったのですが、これがすごく良い小説でした。

 

 20代後半くらいから私は目を酷使すると3か月に一度くらいの頻度で激しい偏頭痛に見舞われるようになりました。そして一度偏頭痛になると3日間は絶食を余儀なくされるのです。それで本を読むのが怖くなり、仕事以外では本を読まなくなりました。

 ところが、昨年から歯の矯正を始め噛み合わせが治った途端、偏頭痛がぱったり出なくなったのです。噛み合わせがこれほど体に影響しているとは・・・なぜもっと早く矯正しなかったかと悔やんでも悔やみきれません。

 

 しかし、ともかく偏頭痛から解放されたおかげでまた小説が読めるようになり、話題になっていた「流」を読み始めることにしました。

 戦中戦後の台湾を舞台にした物語で、登場人物たちは皆生まれ落ちると濁流のような時代の波に呑み込まれ流されていくのですが、その中にあっても、痛みも恨みもイデオロギーも超えて、愛をもってその流れに抗い、正しさや信念を貫く資質と強さを持っているのが人間なんだと高らかに謳っているようで、読み終えた時は体の中を風が抜けていったような爽快感を得られる小説でした。

 また物語ではありますが、台湾の歴史や当時の様子を知ることもできました。日本のお隣で東日本大震災の折には、一番に義援金を送ってくれた国であるにもかかわらず、申し訳なくも無知でよく知らなかったのです。

 

 月並みですが、読書っていいな、健康ってありがたいな、としみじみ感じ、矯正の先生に心から感謝している今日この頃です。


カテゴリー:コラム  2015/07/01

東京弁護士会62期
弁護士 紙子 陽子

 数年前に、子どもの頃習っていたバレエを再開しました。

 昔はできないことばかりの練習にうんざりして、長年遠ざかっていたけれど、意外なほどバレエが好きだったらしく、年を追うほどバレエを習う時間が大切なものとなり、今では、日常生活に欠かせない充電タイムになっています。

 久しぶりのバレエで気づいたことは、からだが意識を動かすこともある、ということ。硬いからだをストレッチすると、凝り固まった頭や気持ちが伸びやかになること。
音楽とともに、気持ちも揺り動かされて、ぐるぐる洗濯機で回したように、さっぱりした気分になります。

 いつもの自分は窮屈だけれど、バレエでは、与えられた振りと音楽によって、いろいろな人になってみることができます。自分の殻を脱ぎ捨てる感じ、または、シンプルな練習着で鏡に向い、できないことだらけの素の自分を見つめる時間にもなります。

・・・それで何かがリセットされて、練習が終わって、汗を拭いて着替えて、仕事に戻るときには、何となく、“よし、これも好きなこと、またやろう”という気持ちになってきます。


カテゴリー:コラム  2015/06/17

第一東京弁護士会 59期
弁護士 村田 彰子

 我が家では、昨年の夏に訪問した牧場のファンになり、その牧場で栽培している無農薬の野菜やとれたて卵・お肉などを定期的に送ってもらっています。その時々の旬の食材が(時には、近所のスーパーではお目にかかれないような珍しい野菜が入ってくることも。)、お勧めの食べ方と一緒に宅配便で届きますので、「何が入っているかしら?」と毎回ワクワクしながら家族皆で楽しみにしています。

 最近はネット通販が普及して、自宅に居ながらにして全国各地からいろいろな物を「お取り寄せ」することもできるようになりました。便利な世の中になったものですね。

 でもその反面、何でも手軽に利用できるようにはなったものの、思わぬトラブルに巻き込まれるおそれもありますので、特に、それまでお付き合いしたことのない業者とインターネットで取引をするときには、これまで以上に十分な注意をする必要があると思っています。通常の店舗での買い物とは違い、実際にお店に行って、店員と話し、実物を見たうえで購入するわけではありませんので、思ったとおりの物がきちんと届くか不安になることもあります。果たしてその業者は信頼できる業者か?、契約の内容やその他の条件は?、代金の支払方法は?、トラブルがあったときの対応や連絡先は?、もし気に入らなかったときには解約や返品ができるか?・・・・などなど、サイトの情報をよく確認したうえで、また、インターネットを介して個人情報が漏洩してしまう危険性もありますので、セキュリティ対策も忘れないようにして、賢く利用するようにしたいものです。


カテゴリー:コラム  2015/03/02

東京弁護士会 44期
弁護士 金澄 道子

学校名ではなく、名前を呼んで応援する! これが箱根駅伝を応援するときの、我が家のちょっとしたこだわりです。毎年、往路も復路も、箱根小涌園からやや離れた沿道で応援をしていますが、多くの声援に負けず選手に伝わる応援を・・・と思うと、名前になるのです。前の晩から区間エントリー選手の名前を書いたメモを作り、朝起きるとテレビに食い入り、当日のエントリー変更の選手を把握してメモを修正します。

応援の場所までは、車で行くと停める場所を見つけるのが大変なので、30分位歩いて行きます。今年は、1月1日の夕方に箱根は突然の雪に見舞われたので、足下に注意しながら、坂の多い道を急ぎました。沿道に早くから並ぶと、新聞社の広報車が来て旗を配ってくれますので、旗とメモを手に準備万端。家族3人で、メモを見ながら名前を呼びます。選手が団子状態になって走ってくると、名前の把握が間に合わず、学校名になってしまい選手に申し訳ないのですが、やっぱり母校の選手は何があっても名前で呼びます。

復路の応援が終わると宿に急ぎ、ゴールまではおせちの残りとお酒を楽しみつつ、だらだら過ごします。大手町のゴールまで見届けると、のんびりしたお正月休みも終わり、仕事に向けてギアを入れ替えることになるのです。


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